交流倶楽部のアシスタント鈴木です。 学費支援プロジェクトの業務でネパールへ出張中に3月11日の大震災が発生しました。 これまでにない不安な気持ちでしたが、震災2週間後に帰国し、心配と日本特に東北が変わってしまったショックとで胸が張り裂けそうでした。帰りの飛行機ではほとんど寝らず、ずっと日本の新聞の紙面を見つめていました。 臨時の高速バスで仙台に着くと、サンジブ代表はカトマンドゥの再開、自分の家や生活の状態などなどまだまだ私が把握し切れてない問題で頭が一杯だった。私は”とにかく店を再開させれば、温かいものを提供できる”と思い、すぐにでも再開をするよう働き始めました。 ネパールの話はほとんどせず、家族との再会に安心したのもつかの間、続く余震や大惨事の様子を伝える報道に不安ばかりが募りました。そんな中、ガスが止まっている店でカセットコンロ一台でカレーを始めるとお客様が来てくださり、嬉しさと共に次第に平常心を取り戻し、提供できるメニューも時間帯も通常に戻せるまでになった頃には、元気なお客様の姿を見て喜びあえるようになりました。 ネパールにいる頃からぼんやりと考えていたのは、何かしらの形で被災者の支援をすること。幸いお店は無事、お客様も無事の方が多く、私の周りには余裕が出来てきたので炊き出しをしたいと思っていたところ、県外メンバーさんからの義援金が。 大きな団体に寄付するといつどういう形で届くのか分からないので、お任せします。と、寄付をくださった方はおっしゃった。炊き出しに行くことは手っ取り早くサンジブ代表も賛成してくれたので、とにかく避難所との連絡方法を探しました。 4月から8月まで計9回続けた炊き出し。いろいろなタイプの避難所に行きましたが、どこも行ってよかったと思うところばかり。大切なものをなくした人たちの気持ちは計り知れませんでしたが、カレーを食べていただいている間、同じ空間を共にしたこと、それだけが私たちの出来ることでした。 その後もまだ炊き出しに向かいたい気持ちはありましたが、義援金が尽きてしまったことと避難所が閉鎖され始めたことで、私たちはそれまでおろそかにしていた交流倶楽部の通常業務に戻っていきました。 やっと、ネパールで撮ってきた写真やビデオをお店で流したり話せるようになり、少しずつ、ああこんなこともあった、マイディ村は大変だけれど楽しかった、と思い出しました。しかし、文章などで私の体験したネパールを皆様にお伝えできる時間は、なんと今まで無かったように思います。 伝えたいことは山ほどあったんですが、気持ちもまだ、震災に向いており、私に出来ることは?と常にあせっていたのです。 そして年を無事に明けた今、やっと、書くぞ!と心に決めました。今日が第一回目です。言い訳というか、それまでのいきさつで終わってしまいますが、少しずつ、2011年2月から3月にかけて体験したネパール特にマイディ村をお伝えしていきます。よろしくお願いします。 鈴木涼子 |
Author:日本・ネパール文化交流倶楽部 事務局
ネパール大好き、何故か嫌いになれない国・・・、なぜか無性に懐かしい気持ちになる・・・
多くの人の心のよりどころであるネパールをもっと身近に感じてもらえるように、仙台を拠点に活動しています。
より多くの人が生まれた国や境遇関係なく人生を思うように楽しめるように、ネパールと日本の架け橋となりつつ、楽しく生きたい人の集まりです。
ここではネパールと人と人との交流の楽しさに魅了された、又は、これからされたい会員さんたちとの連絡やお知らせ、交流倶楽部の日常の出来事等を公開してゆきます。
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